職員会議から見える「自主的な」意識改革の限界 「聖職のゆくえ」が描くリアル②
はてなブログに投稿しました #はてなブログ 聖職のゆくえはもっと多くの人に見てほしい。現場のリアルが分かります。
— もょもと (@bigface1979) 2019年6月25日
給特法と教師の献身性で成り立つ学校システム 「聖職のゆくえ」が描くリアル① - BIGFACEs Opinionhttps://t.co/gyldEHZJwQ
見どころが多すぎてすごい番組「聖職のゆくえ」
なかでも、職員の打ち合わせをそのまま放送したのは本当に画期的。初めての取り組みではないでしょうか?目の付け所がいいと思います。
この場面について、いつも鋭い視点でおなじみのトウマコさんが考察をされています。
詳しくはトウマコさんのブログを読んでみてください。
私もトウマコさんの意見に完全に同意します。
付け加えたいことは、
「今までやってきた行事をなくすことへの抵抗が強い」のが教員の世界だということ。
理由は学校を取り巻く人との関係性です。
生徒にとって行事はかなり大きい事柄です。多くの生徒は先輩にあこがれ、自分も行事で頑張りたいと考えるからです。つまり「行事」は子供の意欲を高めやすく、教育効果が高いように見えてしますから、なかなか削減できないのです。
保護者も、上の子の時には行事をやっていたのに、下の子の時に廃止するのはかわいそうといいます。地域からも「さみしくなった」とか言われ、学校評価会議で文句を言われることもあります。(外部評価が導入されるようになり、学校は外部の意見に敏感になりすぎています。)
教員が業務を削減するためには、強制的に教員が意識改革せざるを得ないシステムにするしかないと思います。例えば給特法を廃止して、残業代を払うようになれば、管理職は本気にならざる得ないでしょう。これくらいしないと変わりません。
教員の「自主的な」意識改革に頼るようでは、長時間労働解決は難しいですね。